思いもよらない鬼ごっこ
          〜789女子高生シリーズ

           *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
            789女子高生設定をお借りしました。
 


      




 あの地獄のようだった夏場の酷暑からずるずると続いていた残暑も、関東以北では何とか落ち着き。それは心地よき好天に恵まれた、九月の連休の中日。思わぬ襲撃を受けた、○○大学院生 神田利一郎氏本人の被害届けと並行し、ホテルJで か弱い少女とその連れを拉致しかかった、何とも物騒な騒ぎがあったという目撃談を告げる匿名の通報があり。しかも どういう運の悪さだか、利一郎青年が同じ研究班の人間だとして名指しで訴えた顔触れ以外、彼らが手勢としてネットの掲示板で募ったらしき、何のつながりもないという一味の他の面々は、そのまま約束していた報酬を支払ったのち、一旦世間から離れるように消息が知れなくなったはずが、飲食店や路上にて、些細な諍いを起こして通報されての片っ端から逮捕されており。寄せ集めな面子で手掛けた犯行にもかかわらず、ほぼ即日で関わった全員がその身を拘束されたというスピーディな終息を見せた。彼らの主犯格が言うには、やはり神田氏の見合い話に危機感を覚えてのものだったそうで。何とでも騙くらかせようと構えていたはずが、セレブとのお付き合いが始まれば、その道の専門家とも接して色々と知恵をつけられてしまうかも知れない…という、それもまた身勝手な恐れから。こうなったら何でもいいから不祥事を起こさせよう、あるいは見合い自体を潰してしまおうと、いささか短絡的なことを思ったらしいのだが。

 「馬鹿なことをしようとしたもんだな。」

 それぞれがあちこちでという身柄確保となったがために、警視庁預かりとなったその大元の事件への取り調べが始まり。殺風景な小部屋での主犯格への聞き取りを担当した若い刑事が、呆れ半分ながらも しみじみとした口調で告げたのが、

 「不発に終わって、しかも仲間に集めた連中ごと、
  一気に捕まったのは ある意味ラッキーだったんだぞ?」
 「??」
 「のちのちに、
  取り急ぎ集めた連中が ゆすりに来たらどうすんだ、あんたら。」
 「あ……。」

 それだけじゃあない。あっちの連中にしてみりゃあ、気晴らし出来て金にもなること程度の認識しかなかったらしい。だから、段取りの悪さから目標を見失ってた時間があと少しでも長引いてたなら、お前さんたちの制止なんて聞かぬまま、ホテルン中で勝手に暴れ回って事態はもっと重大なことになってたかも知れん。

 「ホテルJが何日もの営業休止をせざるを得ないような。
  閉鎖状態を余儀なくさせられるほどの、
  破損だの汚染だのって結果になってたなら。
  お前さんたちで一体何千万払うことになったと思うよ。」

 「ひぃ。」

 ○○大学なんて有名どころの、しかも院生っつったら大学院で研究にいそしんでる学者さんだろうに。まあまあ何て物知らずな…というか、何とも中途半端な悪知恵で動いたもんだねぇと。その浅知恵を呆れられ、しかも一斉逮捕されてよかったねぇと同情された理屈への理解はちゃんと及ぶものだから、

 「〜〜〜〜〜。//////」

 褒められてばかりいた人生の中、選りにも選ってこんな形で挫折を味わうこととなろうとはと。途轍もない羞恥心から、せいぜい その身をぎゅうと縮こめる他はなかった各々だったのでありました。




      ◇◇◇


 さて、こちらは少々時間が逆上っての、騒動があった当日の昼下がり。

 「久蔵!」
 「久蔵殿っ!」

 怖い目に遭いましたね、とばっちりもいいとこじゃないですかと。たった一人でいたも同然な折に(……) おっかない連中から襲われた紅バラさんを、やっと逢うのが叶ったところの 迷子だった我子のように、力いっぱい ぎゅうと抱きしめた白百合さんとひなげしさんで。

 『え? 久蔵が?』

 特に仲のいいお友達だということから、七郎次と平八へも“当人から何か連絡はなかったか”という問い合わせが、お母様から真っ先にあったそうで。世間体云々というよりも、多くの人へ問い合わせたいと慌てていらしたせいだろう。母上からはあまり詳細を語ってはもらえなかったため、一体何があって久蔵の行方が知れないのか、彼女らにしてみれば状況が全く判らずで。たいそう案じつつも、いやいや久蔵だったら どんな事態もちゃんと切り抜けるから大丈夫と、お互いを励まし合ってはいたけれど。

 「…すまぬ。」

 彼女らもまた どれだけ心配し、やきもきもしたのだろ憔悴ぶりが判るお顔なのを見て。今の今まで気丈だった久蔵が、初めてしおしおと眉を寄せて見せるのが、お友達という絆の温かさにどれほど支えられている彼女らかを忍ばせる。

 「だが…。」

 仲良しさんを見回しながら、ふと小首を傾げた久蔵だったのは。なんて早々と駆けつけられた二人だったのかという点が、少々疑問だったらしく。自分はどこへも…直接会うのでない限りは、混乱を招くかも知れぬと“結婚屋”さんから言われたので、ならば兵庫から知らせてもらおうと思ってのこと、親御にも連絡を取らなんだままなのに。ここへだってホテルJの前からの直行という格好で運んだのに…と、今更に気がついて“おややぁ?”と感じたらしかったが。くるると微かに震えた紅色の眼差しで、そんな彼女の胸のうちも さっそく察した七郎次が、くすすと小さく微笑って言うには、

 「勘兵衛様に問い合わせたのですよ。」

 正確な順番を追うならば。三木夫人からの問い合わせがあった後、こちらはこちらで互いに連絡を取り合っての待ち合わせ。落ち着けない同士、それでも何かあったらすぐにも動けるよう一緒にいようと、ある意味“戦闘態勢”を固めつつあった彼女らで。

 『訊き込みとか、出来るものならしたいけど。』
 『うん…。』

 女学園の近辺やら、行きつけというほどじゃあないけれど、そっちへ出掛ければ必ず立ち寄っている雑貨屋さんだとかもあるにはあるので。もしも連れ去られた久蔵だったなら、あれほど目立つ子なのだから、そういったあちこちでその姿を見かけなかったかを訊いて回りたかったところだが。勝手にそういう声掛けをすることで、連絡が錯綜してのこと、捜索のお邪魔になっても何だからと。最初はただただ、朗報となろうお電話が掛かって来るのを待っていたのだけれど。そこは行動派な二人ゆえ、

 『もしも…もしも、だよ?』

 久蔵が自力で切り抜けられたら、とりあえずの真っ先に足を向けるのは、きっと兵庫せんせえのところだと思うからと。そうなると見越した仲良し女子高生二人、さっそく行動に移ったのは言うまでもなく。その際、一応は警察関係者だからと、

 『何か情報は入ってないのですか?』

 と、我らが島田警部補へも問い合わせたところ。ちょっとばかり驚いたような様子で、勘兵衛もまた榊医院へ向かうところだとのお返事。なのでと便乗させてもらっての、皆で駆けつけた…という運びだったらしく。よって詳細な事情もまた、来る途中の車中にて、あらかた勘兵衛から訊いていた彼女らでもあって。警察としちゃあ、犯人に関しても被害者に関しても、届け出の内容や捜査状況に関しても、秘匿義務があるんじゃあないのかと言わんばかりな鋭い目線を、榊せんせえからちろりんと送られたものの、

 『こやつらが相手だぞ?
  詳細と公的な対処とをきっちりと伝えておかにゃあ、
  自分らで勝手にほじくり返すに決まっておろうが。』

 この半年だけでも、どれほどの騒動にかかわったり巻き起こしたりしている和子らかと、後日の“酒話会”にて、胸を張って言い返した勘兵衛へは。さしもの兵庫も“…ごもっとも”と納得するしかなかったようで。ちなみに、この姿勢は五郎兵衛殿に倣ったものであり。先日の故買屋への一斉捜査がらみの騒動(彼女らの側からは“バンドガール襲撃騒動”になるのだが)にて見られたように、平八にPCでの情報収集力を発揮されたなら、

 『事実への把握も速やかなのだろうが、
  それを下敷きにしての、的確にして精密な、
  サイバーテロもどきの反撃に出られかねぬからのう』

 どこまで“危険だ”と判っていての発言だったやら、そんな恐ろしい言われようをしたほどの実力は確かにあると、ひしひし感じた勘兵衛としては。青写真では完璧な作戦であれ
(おいおい)、手掛けるのが 非力なこの子らでは随分と危険じゃあなかろかと、そこも五郎兵衛殿と同じように感じたワケで。大人たちのそういう事情はともかくとして、

 「神田さんとやらは?」

 これは兵庫の側が訊くと、

 「警視庁へ直接お越しになった。」

 警察への届けを出しにと、付き添いの男性と二人で現れたのだそうで。ご迷惑を掛けたそもそもの元凶ですし、説明も自分がしたほうが通るだろうと仰せで。今頃は、関係筋への事情収拾と一味への手配が執行されている頃だろう。そんな中で、三木家の令嬢は知り合いの主治医のところへ送られてったという話が出て。被害者と知己だからというのじゃあなく、単なる順番の関係から島田班は担当にはならなんだのでと。問い合わせて来たこちらの彼女らをそのまま途中で拾うと、こうして感動の再会を最短にて実現させてやったという次第。日頃のシャープでマニッシュな装いではない久蔵なのへと、やっと目が行ってだろう、ああそういうお席にいたんだものねぇとの感慨を今更ながらに感じたものか、

 「やっぱりアタシたちで、
  お見合いをぶっ壊しに乗り込んでたほうが良かったのかもですね。」
 「そうそう。策は幾つかあったんですよ?」

 勿論、久蔵のお家側の皆様にもホテルにも迷惑はかからない大作戦をと。かあいらしいおでこを寄せ合い、こそこそと口にし出したお嬢さんたちへは、さっそく兵庫せんせえが眉を寄せ、

 「こらこら。」
 「冗談ですったらvv」
 「そうは聞こえんのだ、お主らではな。」

 無事に戻って来た久蔵だったからこその、やや物騒な冗談口さえ飛び出す皆様であり。気を利かせたのだろ、各務さんが用意して下さったアフタヌーンティーのマフィンやケーキ、サンドイッチへ、きゃあvvと可愛らしい歓声が上がったのを見やりつつ、

 “まあ…この子らには感謝するばかりでもあるのだが。”

 どうしてか日本人らしくない派手な見栄えという、ややこしい生まれなことも多少は由縁してだろう。迷子になったなら、その場にうずくまってじーっとじーっと待ってるタイプだったのに。それは間違ってるんじゃないかと感じても、自分からは滅多に指摘せず、とはいえ流されることもないままに。やっぱりその場へじーっとしていて動かないでいるような、不器用極まりないお嬢様だったものが。時にやり過ぎの感も否めないものの、そりゃあ溌剌と自発的に行動するようになり。女学園とバレエ教室の関係各所以外には、その行動範囲も広がらなかったものが、お友達と旅行に行きたいと言い出すわ、今時の流行というものへ関心を寄せてのこと、年頃の少女らしい 若々しいいで立ちをするようにもなるわ。何よりも…これは身近にいた者にしか判らぬことながら、昔に比すれば破格にして桁違いの度合いで、随分と表情豊かに笑うようになった紅バラ様こと、久蔵お嬢様となったこと、ご家族も、それから榊せんせえもまた、喜ばしいことと受け止めておいで。手に負えぬ冒険をしでかさぬようにという、ますますと難儀な要素は増えたが、ひとまずは。よかったよかったと無事を喜ぶ顔触れの中、


  “………。”


 壮年警部補殿だけは、こっそりと…窓の外へと視線を投げて、微妙に眉根を寄せていたのではあったけれど。



    ***


 そんな勘兵衛らがいる榊邸の表通りでは、紛れもなくの初対面ながら、だがだがある意味で“再会”にもなる二人が、どれほどの久し振りとなるものやらという対話中であり。

 「…相変わらずだよな、まったく。」

 さっそくにもはぐらかすような物言いをした良親へ、征樹が鋭角な容貌を微妙に尖らせたものの、とはいえ…本気で大概にしろと怒っているわけでもない。何しろ、彼の言う通り、転生したかつての知己を見かけたからと言って、いちいち挨拶に向かっていてはキリがない。どういう導きがあってのことやら、そういう不思議な生まれ変わりの存在は、互いに引き合うものでもあるものか。出会いの瞬間を得る機会も、必ずと言っていいほど訪のうようで。しかもしかも、

  単なるそっくりな同姓同名というのじゃあない、と

 これは自分が知っているあのお人だと何とはなく感じ取れるのに、肝心な相手の記憶が封を解かれてはいない場合も多々あるから厄介で。例えば、先にも述べたように、七郎次や久蔵、平八の3人は、女性として転生したその上、かつての知己が間近にいながらも、その記憶がすぐさま紐解かれた訳じゃあない。久蔵はそれこそ10年近くも兵庫が傍らにいたにも関わらず、欠片ほども思い出しはしなかったし。七郎次に至っては、勘兵衛の部下という肩書も昔と全く同じだというのに、征樹のことを相変わらず思い出せずにいるままだ。それを思えば、良親がこっちの素性が判るほども情報を得ていながら、なのに今の今まで何の接触もして来なかったのも、まま判らないではない征樹であり。

 「息災のようだな。お前も………勘兵衛様も。」
 「言っとくが、勘兵衛様はとうに気づいておられたのだぞ?」
 「お。」
 「ただ、記憶のほうまで我らと同様かは知らぬがなと、仰せだったが。」

 行方が知れなくなった三木家の令嬢らしいと聞き及び、ホテルでの見合いの最中との付帯状況から、正式な捜索届けもまだの段階ではホントはやっちゃあいけないことながら、またしてもこの征樹殿がネット経由で監視カメラの映像を入手。ただならぬ事態には違いないと確認したその折に、久蔵がどこかへ携帯電話で連絡を取ってはいないかと、通話履歴を覗いたところ、辿り着いたのが…この彼がプライベートなものとして登録していたナンバーであり。そちらの業界へは明るくなかったせいか、今回初めて気づいたらしい征樹が“えっ?”と息を引いたその傍らで、

 『…まさかに久蔵と関わりがあったとはな。』

 そちら様は、さして驚かぬまま、そうと呟いた勘兵衛だったため。御存知だったのですかと つい問い詰めれば、警察官としての威容が少々薄れた、しょっぱそうなお顔で微笑って見せた彼であり。その上で、先の一言、記憶云々と言い置かれたのだとか。

 「そうか。」

 征樹が知らなかったほど畑違いだったのとそれから、良親の側でも気づかれてなるものかという用心を一応はしていたらしいのに。それでもとうに御存知だったとは、相変わらず油断も隙もないお方だと、くすぐったそうに微笑って見せて。

 「俺が変わらぬと言うたが、お前は微妙に苦労性になってないか。」
 「…っ。」
 「おシチが受け持ってた気苦労まで、背負い込んでんだからしょうがないか。」

 相変わらずな勘兵衛様。あのお年で、だのにまだ現場に出ておいでということは、階級こそ警部補でも職級は低いままなのに違いない。しかもしかも、警視庁勤務の現場担当ともなれば、緊張ばかり重責ばかりの、休む暇さえ無いほどの激務ばかりに違いなく。才能を認められてだとはいえ、そして…やり甲斐があるからとご本人も納得しておいでのことかも知れぬが、それでも損得のゲージはずっと偏ったままなのだろうに、と。その辺りの予想はあっさりとつく良親で。新車なのだろつややかなボディに曇り一つないセダンに凭れ、シックな濃色のそれとはいえ、仕立ても小粋なスーツをまとった伊達男さんは、

 「やはり転生していた俺の居場所を御存知で、
  なのにお前には詳細を言えなんだ勘兵衛様なのは、
  恐らく、俺の素性がややこしかったからかも知れん。」

 「???」

 意外な発言をしたものだから。え?と、またまた征樹が怪訝そうな顔になる。こちらさんもまた、昔と全く変わりなく。一緒にいた良親がいかにも優男というよな風貌をしていたことと対照的に、実直そうな誠実そうな容姿はそのまま、実は生真面目で融通が利かない性根であることを示してもおり。勘兵衛という器の大きなお人の下、柔軟性のあり過ぎる、そのくせ瞬間湯沸かし器でもあった良親を相棒としたがゆえ、随分とこなれた性格となっての、部隊を支える“双璧”と呼ばれるまでになった男であり。この時代にこの日之本で、あえて警察官を選んだ辺り、当時と大差ない気性のままであるらしいのを匂わせる。そんな彼とは さすがに全く同じという訳にいかなんだ良親であるということ、仄かに匂わせるような言い方であり、

 「けど、ブライダルチェーンの二代目とかどうとか。」

 自分は野暮な男だから、全くの全然 内情を知らない、華やかな印象のする業界。それで彼の存在に気づけなかったのではあるが、どちらかといや堅実な務めだろというのは征樹にも判る。結婚式は元より、それへ付随する 例えば披露宴や新婚旅行など、手がける分野は幅広く。慶事にかかわる職種ゆえ、

 「警察とお近づきになっちゃあ外聞が悪いとか?」

 そういう意味だろかと、そんな辺りを想定し 訊き返した征樹だったのへ、

 「……まあ、そんなところかな。」

 何かしらの裏があるのを感じさすよな、それも…訊いたら知ったら後悔するよというような、意味深で小意地の悪い表情ではなく。むしろ仄めかすのを察してくれないかと請うような、穏便で柔和なお顔をして見せた彼であり。こちらのお嬢様が巻き添えとなった騒動へも、頼みになる大人の男性ということで縋られたらしいと判った時点で、それ以上の言及をすることもなかった征樹であったが。さて、様々なところの“真相”が明らかになるのは一体いつのことなやら……。






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